御言葉に養われる | 申命記 8章

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申命記 8章

主はあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 申命記 8章3節

御言葉に養われる

主イエスは荒れ野でサタンに誘惑され、石をパンに変えて飢えを満たすよう唆されました。そこで主イエスが想い起こした聖句がこの3節です。イスラエルは荒れ野を旅する中で飢えに苦しみました。すると神は憐れんで天からマナを降らせてくださいました。それは彼らを選んだ神が、ご自身の約束の言葉に忠実であることの証しでした。

人生は試みを受けることの連続です。パンを欠くこともあり、あてどなく彷徨う日々があり、災いに遭って生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされることもあります。そのような危機に直面しながらも、なおも希望をもって生きることができるのは、あらゆる時に神の備えがあり、約束された祝福は揺るがないとの御言葉を想い起こすからです。耐え難い試練にあっても、今なお生きているのは、神が支えてくださるからです。

生活が奢れば恵みを忘れます。ですから主は私たちを訓練され、御言葉に立ち帰るよう促されます。試練に耐えた後には祝福に至ることは、主イエス・キリストのご生涯が、何よりも雄弁に物語っています。

牧野 信成(長野佐久伝道所)