わたしに与えてくださった光栄を覚えて | ルカによる福音書 1章

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ルカによる福音書 1章

そこで、マリアは言った。
「わたしの魂は主をあがめ、
わたしの霊は救い主である神を喜びたたえます。
身分の低い、この主のはしためにも
目を留めてくださったからです。
今から後、いつの世の人も
わたしを幸いな者と言うでしょう」日本聖書協会『聖書 新共同訳』 ルカによる福音書 1章46節~48節

わたしに与えてくださった光栄を覚えて

天使から主イエスを身ごもったことを知らされたマリアは、エリサベトを訪れます。エリサベトも神の御業として身ごもったことを聞かされたからです。エリサベトは親類ではありましたが、社会的立場はずいぶん違っていました。エリサベトは、エルサレムに住む祭司の妻でありアロン家の娘、一方マリアは、ナザレという田舎町の若い娘です。しかしエリサベトはマリアと出会ったとき、「わたしの主のお母さま」とマリアを呼び、彼女を高く上げられた神を賛美したのでした。このようにして、マリアは自分の身に起こった光栄を知り、そして主の御名を賛美したのでした。

私たちもまた主による光栄をいただいています。主イエスは私たちのために地上にお生まれになり、このわたしのために十字架で死なれ、そしてよみがえってくださったからです。身分の違い、貧富の違い、能力の違いは、この恵みの前に関係ありません。神は、「恵もうとする者を恵み、憐れもうとする者を憐れむ」力あるお方だからです(出33章19節)。きょうも、小さく貧しいわたしに与えてくださった光栄を覚えて、「御名をあがめさせたまえ」。

草野 誠(恵那教会)