神の御心に従う | マルコによる福音書 14章

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マルコによる福音書 14章

こう言われた。「アッバ、父よ、あなたは何でもおできになります。この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように。」日本聖書協会『聖書 新共同訳』 マルコによる福音書 14章36節

神の御心に従う

旧約時代、イスラエルの民は、牛や羊などをいけにえとしてささげ、罪の赦しのために神との和解を求めました。しかし、「人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっています」(ロマ3章23節)。そのため、アダムの堕落から始まった人類のすべての罪の問題が解決されない限り、神との完全な和解はありえません。それは今の時代も同じです。

主イエスはゲツセマネでの祈りに臨まれました。「アッバ、父よ、…この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしが願うことではなく、御心に適うことが行われますように」と。主イエスが切実に祈られたことは私たちの救いの実現のためでした。そして、その完成としての十字架を前にして、主は激しい誘惑と試練に直面しておられたのでした。

ここで主イエスが祈られた「御心」とは、主が十字架という耐え難い苦き「杯」を飲み干すことでした。そこで主は、「御心に適うことが」と祈られたのです。どこまでも神の意志に生き、死に向かわれる主イエスの姿がここにあります。

そして、「わたしが願うことではなく」という祈りに徹せられ、主イエスは決然と十字架への道を歩まれます。主イエスご自身がゲツセマネにおいて神と格闘され、その格闘の中で神への真実な服従へと進んでいかれたのでした。ご自身の思いに打ち勝ち、御心に適うことが行われるように祈り、父への服従の道を歩み抜いていかれます。この主に従うように呼びかけられています。

三川 栄二(稲毛海岸教会)