自由を知る | コロサイの信徒への手紙 2章20節-3章4節

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コロサイの信徒への手紙 2章20節-3章4節

あなたがたは、キリストと共に死んで、世を支配する諸霊とは何の関係もないのなら、なぜ、まだ世に属しているかのように生き、「手をつけるな。味わうな。触れるな」などという戒律に縛られているのですか。これらはみな、使えば無くなってしまうもの、人の規則や教えによるものです。コロサイの信徒への手紙 2章20節~22節

自由を知る

ここでパウロは、私たちキリスト者はキリストと共に死んだものだと宣言しています。このことを改めて確認する理由は、その新しい事実を、私たちがなかなか現実として受け止めきれないからです。

私たちを錯覚に導く存在があります。それが「世を支配する諸霊」です。そのような神話的存在が本当にあるのかと考える方もあるかもしれません。けれども、そのような存在が知らない間に私たちの考え方に限界をもたらすとパウロは言います。

その支配は、ものについての私たちの関わり方に表れます。例えば、「味わうな」という禁欲主義や、その逆に「使えばなくなるもの」に心を奪われた状態です。具体的には、「より効率よく、かつ正当に」という一見正しそうな目標を第一として、それに合わないものをどんどん切り捨てるという考え方に、そのような存在の力の現れが見て取れるのではないでしょうか。

私たちが真の平和に生きるために、キリストと共に死んだことを知り、自分にも他人に対しても、キリストから来る新しい自由に生きることを始めたいのです。

杉山 昌樹(新座志木教会)