死から命への転換 | 箴言 14章

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箴言 14章

人間の前途がまっすぐなようでも
果ては死への道となることがある。
笑っていても心の痛むことがあり
喜びが悲しみに終ることもある。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 箴言 14章12節~13節

死から命への転換

きょうの個所で「人間の前途がまっすぐなようでも、果ては死への道となることがある」と言われています。

罪の奴隷であったとき、それはキリストの僕ではありませんでした。自分のやること考えることは間違いないと考えて勝手気ままに生きていたからです。そのような曲がった人生から、主の御旨に生きる人生に変えられた喜びは計り知れません。

使徒パウロは、イエス・キリストにお会いするまでは、自分の正義感で生きていました。それはキリストを否定し、教会を迫害するものでしたから、信仰を持ってからは恥ずかしいと思うものでした。まさに行き着くところは、「果ては死の道となることがある」と身をもって体験していたことでしょう。

けれども、キリストにあって人生は180度変えられます。パウロは告白しています。「あなたがたは、今は罪から解放されて神の奴隷となり、聖なる生活の実を結んでいます。行き着くところは、永遠の命です。罪が支払う報酬は死です。しかし、神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスによる永遠の命なのです」(ロマ6章22、23節)。これこそ、まことの喜びの人生です。

中山 仰(田無教会)