エッファタ耳と舌を神の器に | マルコによる福音書 7章

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マルコによる福音書 7章

そこで、イエスはこの人だけを群衆の中から連れ出し、指をその両耳に差し入れ、それから唾をつけてその舌に触れられた。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 マルコによる福音書 7章33節

エッファタ耳と舌を神の器に

耳が聞こえず舌の回らない人は、自分で主イエスのもとにやって来たわけではありません。周りの人びとが、彼をイエスのもとに連れてきました。周りの人びとの熱い思い、祈りです。その人びとの思いを、主イエスはしっかり受けとめてくださいました。

ここで癒された順序を覚えたいのです。まず耳、そして舌でした(35節)。まず神の言葉に聴くようにされました。主イエスは仰せられました。「人は、パンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」と(マタ4章4節)。子どもの人格は、親の言葉の中で形づくられていきます。同様に、人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つの言葉の中で形づくられていきます。

主イエスは、私たちの心の耳を開き、聖書を通し、神の言葉に聴く者へと導いてくださいます。そして、聖霊の促しの中で、この口をもって「イエスは主です」と信仰を告白し、この口をもって神を賛美し、神に祈る者へと導かれます。神の言葉に聴く中で、私たちは神の愛を知り、神の戒めを受け、整えられ、人を本当に慰め、力づける幸いな歩みへと導かれていくのです。

【祈り】

御言葉を聴くことができるように、心の耳を開いてください。信仰を告白し、賛美する舌を与えてください。

片岡 正雄(坂戸教会)