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創世記27-28章
「ヤコブ物語(2)現実の中におられる神」


ヤコブは眠りから覚めて言った。
「まことに主がこの場所におられるのに、わたしは知らなかった。」
(創世記 28章16節)

 食欲にとらわれて長子の権利を軽んじたエサウ。同じく食欲の故に騙されたイサク。息子を偏愛して策略を巡らすリベカ。目の見えない父親を平気で騙すヤコブ。

 ここにはアブラハム物語に見られたような敬虔さのかけらもありません。欲望渦巻く現実の人間模様です。にもかかわらず、神の御計画は確かに実現して行きます。父親は、弟ヤコブを祝福してしまったからです。

 それ故に殺意を抱いた兄から逃れるように、ヤコブは一人旅に出ます。そうして心身ともに疲労困憊したヤコブは、とある場所で夢を見ます。

 夢の中で、主が傍らに立ち、再びあの子孫と土地の約束をヤコブに語りかけ「わたしはあなたと共にいる」との約束を与えます。イスラエルの歴史の中で繰り返される神の約束の言葉です。

 人間のドロドロとした現実の中で、何の見通しも望みも無く生きていた孤独なヤコブに、神が出会い、一方的に恵みを約束されました。これが、イスラエルの神です。

 「まことに主がこの場所におられるのに、わたしは知らなかった」。知らないのは、私たちです。主は、私たちの現実のただ中に、いつも共にいてくださる方なのです。

 

 【祈り】

 神様。きょうも一日わたしが歩むすべての現実の中に、片時も離れることなく共にいてください。

吉田 隆(甲子園伝道所)

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