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ゼファニヤ1-3章
「神のさばきの真意とは」


わたしは地の面から
すべてのものを一掃する、と主は言われる。
(ゼファニヤ 1章2節)

 「すべてのものを一掃する」。これは、神のさばきのことばです。とても恐ろしいことばです。

 ゼファニヤの時代は、とても暗い時代でした。南ユダ王国に異教の宗教が導入され、上流階級の堕落があり、商人による異教世界への巻き込みがあり、といった諸悪がエルサレムに満ちていました。ゼファニヤは、悪に対する神のさばきがあることを徹底的に語りかけ、エルサレムのさばき、全世界のさばきを語ります。けれども、ゼファニヤの預言はこれで終わりません。さばきのことばのあとに、希望と繁栄のメッセージを語ります。諸国民は、回心して真の礼拝をするようになり、喜びの歌が歌われると言って預言を結びます。

 神のさばきは、単なる刑罰ではありません。また、すべてを滅ぼすためにさばきがあるのでもありません。神がきよめることにおいて救い出すことが、さばきの目的です。それゆえ、私たちの神は審判者であると同時に救いの神でもあられます。

 神のさばきは、キリストの上に置かれました。人間はキリストの十字架の贖いの死を受け入れるだけで、神のさばきから赦され、きよめられ、神の祝福を受けるのです。主の十字架を通して、罪の赦しを心から願い、主の十字架によりすがりましょう。

 

 【祈り】

 主よ、どうか、あなたの十字架において、わたしの罪を赦し、きよめてください。アーメン

潮田 祐(盛岡伝道所)

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