2007年7月25日(水)わたしの名によって

いかがお過ごしですか。秩父教会の岡本告です。今日も聖書からお祈りについてご一緒に学びたいと思います。

キリスト教のお祈りでは、最後に「アーメン」という結びの言葉を唱えます。「アーメン」とは「まことに」という意味を持っている言葉です。「この祈りが神様に確かに聞き届けられることを確信いたします」と、祈りが聞かれる確信を証言して、「アーメン(まことに)」と最後に添えられるのです。

でも、アーメンと言える根拠は何でしょうか?聞き届けられる確信がないまま祈るのはつらいですね。意志が強い人でも長くは続かないでしょう。「わたしが祈るんだから、神様は聞くはず」だと自信たっぷりに思ったりできない私達です。所詮、私達がこのような確信を持つなんてできない相談なのでしょうか?イエス様は、ヨハネによる福音書16章23節でこうおっしゃいました。「はっきり言っておく。あなたがたがわたしの名によって何かを父に願うならば、父はお与えになる。」聖書では名前というのは、そのものの本質を表わしています。ですからイエス様は、「わたしが執り成してあげるから、わたしを通して祈りなさい。そうすれば聞かれるよ。」とお約束してくださったのです。だから、クリスチャンはお祈りの最後で、「イエス様の御名を通してお祈りいたします、アーメン(まことに)」と言うのです。イエス様のおかげで、罪人の私の祈りでも、天の神様に確かに聞き届けられると確信できるからなんですね。