2019年2月5日(火)人間失格

 ごきげんいかがでしょうか。中山仰です。
 「人間失格」。この言葉のタイトルを使った小説を太宰治が記しています。主人公の葉蔵は自堕落で、異性にもだらしない、かなりダメな人間です。

 彼の態度を見て友人の堀本は注意します。「それは世間がゆるさない。」と。それに対して葉蔵は心の中で「世間じゃない。あなたがゆるさないのでしょう。」また「そんな事をすると、世間からひどいめにあうぞ。」と忠告されると「世間じゃない、あなたがでしょ。」と本質を見抜き、偽善を見分ける敏感な目を彼はもっています。

 このようなやりとりを見るとき、自分の心の中の同じ罪が指摘されます。他人に注意をしたり、非難をするときに「そんなことをすると神や世間が許さない。」と言いながら、結局は「自分が許していない」という気持ちを言い換えていることが多いからです。

 新約聖書マタイによる福音書7章3節から5節に、丸太とおが屑の譬え話が出ています。 「あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。兄弟に向かって、『あなたの目からおが屑を取らせてください』と、どうして言えようか。自分の目に丸太があるではないか。偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からおが屑を取り除くことができる。」

 クリスチャンは潔癖で清い人がなるのではありません。自らがどうしようもない罪深い者であると自覚した者が、本当にその罪責に苦しむとき、この恐ろしさを救ってくれる方がいるのだろうかと教会を訪ね、救い主イエス・キリストに出会って許された者たちです。


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