キリストへの時間 2004年8月1日放送    キリストへの時間宛のメールはこちらのフォームから送信ください

久保 浩文(高知教会牧師)

久保 浩文(高知教会牧師)

メッセージ: 命を与えるパン

 私たちは、何のために働くのでしょうか。この問いに多くの方が当然のように「生活の糧を得るため」「豊かな幸せな生活を送るため」と答えるでしょう。そして、多くの人は物質的に豊かになることが幸福な生活であるかのように思って、連日、一生懸命働いています。

 確かに私達の生活は様々な文明の力の進歩によって便利かつ快適になりました。さらに、IT時代とかで、パソコンの前に座れば、何時でも世界中のありとあらゆる情報に触れることが可能です。私達の日常生活も一昔前に比べると随分と多様化してきました。
 しかし、私達の生活環境は良くなったのでしょうか。むしろ、私達を取り巻く環境は悪くなりつつあるのではないでしょうか。物が豊かになった反面、心に歪みが出ているのではないでしょうか。時間に追われて仕事をし、人間関係のストレスなどで病気になったり、その人の人格が失われていないでしょうか。
 私達が生きていくためには、生活の糧であるパンは不可欠です。しかし、これは一時的に私達の飢えを満たしてくれるだけです。すぐにまた、空腹感がおそってきます。私達は空腹感が満たされれば、その時は幸福感、満足感と共に身体的な疲労感も癒されます。しかし、私達の心と魂に根本からの休息と平安と慰めを与えることができないのです。そして、私達が本来何のために働くのか、という目的さえも見失っている場合が多いのです。

 ここで私達は、改めて自分自身の生き方や価値観を反省してみる必要があるのではないでしょうか。主イエス・キリストは、私達の心の方向転換をするように求めています。「朽ちる食べ物のためにではなく、いつまでもなくならないで、永遠の命に至る食べ物のために働きなさい。」と。イエスは、なくならない命を与えるパンのために働きなさいと勧めておられます。さらに主イエスは、「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない」と私達を招いておられます。「命のパン」とは、命を与えてくれるパンのことです。つまり、日常、私達が口にする食物のパンではなくて、人間を真に人間として生かす、神が恵みとして与えて下さるパンのことです。神の恵みとしてのパンは、人間に命と力とを与えてくれます。人間の奥底にある魂の渇き、飢えを、一時的にではなく、永続的に満たしてくれるものです。そして、イエス・キリストこそが、神が私達に与えて下さった「命のパン」なのです。イエス・キリストご自身の内に、人間を根本的に質的に新しく生かす命そのものがあるのです。

 では、どうやって、天からのパンを食べることができるのでしょうか。イエスは、「わたしのもとに来る者」といわれています。つまり、イエス・キリストの招きに応えてイエスのもとに行くこと、そして、イエス・キリストを信じることによってです。イエスはご自分のもとに来る人を決して追い返したりはなさいません。イエス・キリストを信じてキリストに付き従っていく人生こそが、真に私達を養い、魂と心に潤いと満足を与えられる命のパンに与ることなのです。今、このラジオをお聞きの皆様も、「命のパン」を頂いて人生の糧として下さい。

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