月刊誌リジョイス 聖書日課 2011年1月11日(火)

イザヤ4章 礼拝こそ憩い、隠れ場

主は、昼のためには雲…を造って、シオンの山の全域とそこで行われる集会を覆われる。それはそのすべてを覆う栄光に満ちた天蓋となる。昼の暑さを防ぐ陰、嵐と雨を避ける隠れ場として、仮庵が建てられる。(イザヤ4:5-6)

 神がエルサレムの都を回復し、聖なる者とされた人びとが、新しい礼拝をささげています。清められたエルサレムとそこに生きる民に与えられる約束は、なんと深く、力強いことでしょうか。「昼のためには雲、夜のためには煙と燃えて輝く火」(5節)が、民とその集会を覆ってくださる。イザヤは、この約束の中で、明らかに最初の出エジプトを振り返っています。

 今日、キリストの贖いによって清められた民は、罪と滅びからの最後の出エジプトの旅路を歩んでいます。この旅路においても、試練と苦しみを避けることはできません。しかし、この旅路は、真の羊飼いキリストに導かれています。

 キリストが造りだされる礼拝こそ、「昼の暑さを防ぐ陰」であり、「嵐と雨を避ける隠れ場」です。ある人が礼拝のことを「台風の目のようだ」と言いました。周りは嵐でも、台風の目の中には静けさがあります。嵐が吹き、雷鳴がとどろく日々も、礼拝という「仮庵」に集うならば安らかです。主の愛が、包んでくださるからです。

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