偉大な指導者がいなくなることは、主の群れにとって大きな試練です。モーセは約束の地を前にしてそこに入ることが許されませんでした。それは彼のこれまでの働きや人間的功績ということから考えると、理不尽にさえ思えます。しかしこれは、彼の主への不従順の罪のゆえであったと言われます。モーセにも、人間的な熱心のゆえに、御言葉をないがしろにしたことがあったのかもしれません。それならば、モーセの偉大さはどこにあったのでしょうか。「あなたたちは、今日わたしがあなたたちに対して証言するすべての言葉を心に留め、子供たちに命じて、この律法の言葉をすべて忠実に守らせなさい。それは、あなたたちにとって決してむなしい言葉ではなく、あなたたちの命である。」(申命記32:46-47)