月刊誌リジョイス 聖書日課 2015年3月1日(日)

詩編92編 礼拝の喜び

白髪になってもなお実を結び
命に溢れ、いきいきとし
述べ伝えるでしょう
わたしの岩と頼む主は正しい方
御もとには不正がない、と。(詩編92:15-16)

 礼拝できる喜びを、あなたは感じていますか。あなたは、礼拝で生ける神に出会っていますか。

 天地を創造された神がどんなに深く私たちのことを配慮してくださっていることでしょう。主なる神は正しいお方で、不正がありません。主の御業は礼拝する詩人の助けとなりました。

 詩人は悩みました。どうしてこの世に悪人が存在し、栄えているのか、と。しかし、詩人は神を礼拝することで神の御業が何であるか、を教えられました。悪人を滅ぼし、義人をいつまでも栄えさせるのが、主の御業であると。

 だから、詩人は心から主をほめたたえます。「いかに楽しいことでしょう、主に感謝をささげることは」(2節)と。

 礼拝は神の御業の中に生きることです。私たちは、神に力を与えられ、喜びを与えられ、現実がどうであれ、神の恵みとお守りの中で詩人のように老いの坂を越えて行くのです。

 今朝の礼拝において聞く神の御業が、詩人のように老いゆくまであなたの喜びとなり、楽しみとなりますように。

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