月刊誌リジョイス 聖書日課 2015年6月9日(火)

申命記8章 人はパンだけで生きるのではなく

主はあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった。(申命記8:3)

 申命記は、律法の言葉を集めたものです。律法、つまり神の言葉は、人をがんじがらめにするようなものではなく、人を命に導く言葉であると申命記は語っています。

 荒れ野の40年の旅は長くとても辛い旅でした。神の民は、さまざまなものに欠乏するなかで、御言葉の力、その恵みにあずかってきたのです。神は、荒れ野の旅で、神の言葉によって民を導かれ、何が本当に人の命を支えるのかを教えられました。「人はパンだけで生きるのではな」いことを、身体で味わうことにイスラエルは導かれました。マナという天からの不思議な食べ物も、神の言葉こそが命を支えるものであることを教えるものでした。

 私たちは今、飽食と呼ばれる豊かな時代を、また多くの言葉が氾濫している社会のなかを生きています。では人はこの豊かさのなかで、幸福に、そして自由に生きているでしょうか。そうではありません。なぜなのでしょうか。聖書はそこでも語っています。「主の口から出る」言葉、それを食べることによって、人ははじめて人生の荒れ野の旅を、支えられて生きることができると。

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