月刊誌リジョイス 聖書日課 2015年7月12日(日)

箴言14章 魂の看取り手

笑っていても心の痛むことがあり
喜びが悲しみに終ることもある。(箴言14:13)

 知恵を得ることは、神の民にとって最も価値あることでした。主を畏れることは知恵の初め、とソロモン王は語りましたが、14章の賢者はそれを「命の源」(27節)と語ります。なぜなら知恵は、その人の家庭を築き(1節)、まっすぐに歩ませ(2節)、身を守る言葉を語らせ(3節)、思慮深く道を見分けさせ(8節)、悪を避けさせ(16節)、死の罠を避けさせる(27節)からです。

 ところが、知恵を得ようとする人の心が、必ずしも穏やかではない事実を、箴言は見逃しません。笑っていても心の痛むことがあり、喜びが悲しみに終ることもあります(13節)。魂の苦しみを知っているのはその人自身の心であって、他人はその喜びにさえあずかれません(10節)。ましてや内面の苦悩は、快活な態度によって隠されるものです。

 知恵を得ようとすればするほど、人知れず自分の無知を嘆き、愚かさをもてあますことがあります。このような人間観察を語る賢者こそ、「魂の看取り手」と言えるでしょう。永遠の命を得ることを望んだ財産家の魂も、主の目には露わでした。

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