月刊誌リジョイス 聖書日課 2017年6月7日(水)

ローマ4章 わたしの義の根拠となる主の復活

わたしたちの主イエスを死者の中から復活させた方を信じれば、わたしたちも義と認められます。イエスは、わたしたちの罪のために死に渡され、わたしたちが義とされるために復活させられたのです。(ローマ4:24-25)

 「義と認める」という言葉は法廷用語です。一度義と認められれば、罪の疑いがあっても、罪が無い者と同じ扱いを受けます。実に、私たちが義と認められるために、主イエスが身代わりとなって十字架で死んでくださり、復活されました。主イエスの死と復活こそ義認をもたらす根拠です。それは、私たちがクリスチャンとして生きるために不可欠な神の恵みそのものです。このお方によらず、他に神の義をもたらす人は存在しません(使4章12節)。

 主イエスは罪と全く無関係のお方でしたから、十字架におかかりになる必要は全くありませんでした。しかし、主イエスはご自分からその道を選ばれ、それが父なる神の御心でもありました(マタ26章39節)。信じる人びとに義を与えようとする神の目的は、主イエスの死と復活によって成就されたのです。たとえわたしの良心がわたしに向かって、罪と悪を責め立てたとしても(参照:『ハイデルベルク』問60答)、主イエスの復活こそわたしの義が成立する一番強力な証拠です。それゆえ、クリスチャンは、復活にあずかる者としての希望から、この世で離されることは決してありません。

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