月刊誌リジョイス 聖書日課 2017年10月5日(木)

ガラテヤ5章 自己中心から神中心へ

肉の業は明らかです。それは、姦淫、わいせつ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、ねたみ、泥酔、酒宴、その他このたぐいのものです。(ガラテヤ5:19-21)

 聖書は、人間に罪があることを教えています。罪とは、この世界と人間を造られた主なる神を無視して、自己中心に生きていくことです。自己中心的な生き方は、神を無視するだけではなく、他の人をも無視することになります。自己中心とは、自分の思いを絶対化することです。自分を神とすることと言ってもよいでしょう。このように自分の思いを絶対化すると他の人を愛したり、敬ったりすることができなくなってしまいます。つまり、罪とは神と人を愛せないことなのです。

 聖書は、この自己中心の罪に支配された生き方を「肉の業」と呼んでいます。「肉の業」とは、自分の思い、自分の欲望を絶対化して生きていくことです。「肉の業」は、まことの神を無視して生きる偶像崇拝につながっていきます。偶像崇拝とは、人が自分の欲望を満たすためにつくり出した偽りの信仰です。ですから、偶像は、人の欲望の数に合わせてつくられます。

 主イエスは、「自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」(マタ16章24節)と招かれます。自己中心の罪を悔い改めて神を中心にして生きましょう。

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