月刊誌リジョイス 聖書日課 2020年2月17日(月)

ルカ10章25-37節 律法をどう読むか

  

「律法には何と書いてあるか。あなたはそれをどう読んでいるか」(ルカ10:26)

 「読む」とは、理解し行うことを含みます。主イエスを試そうとした律法の専門家は、自分の正しさを証明するために律法を読んでいました。彼に対して主イエスは、善いサマリア人のたとえを話されます。

 ある人が追いはぎに襲われ、半殺しにされました。それを見た祭司とレビ人は、道の向こう側を通って行ってしまいました。律法には、死体に触れると汚れるという記載があるからです(民5章2節)。この人たちは、律法の専門家と同様に、自分の正しさを証明するために律法を読んでいました。

 一方、サマリア人は憐れに思い、彼を介抱しました。当時サマリア人とユダヤ人は犬猿の仲でした。それを脇に置いて、彼は自らの憐みの感情に従ったのです。愛の心によって、追いはぎに襲われた人の隣人になったのは、このサマリア人でした。

 27節にあるように、律法は愛することと切り離して読むことはできません。主イエスは十字架の御業によって、真の愛を示されました。この愛をとおして律法を読むとき、私たちは永遠の命を受け継ぐ者とされるのです。

Copyright (C) 2020 RCJ Media Ministry All Rights Reserved.