ウエストミンスター小教理問答の学び 第87問

第87問 命に至る悔い改め

問: 命に至る悔い改めとは、何ですか。

答: 命に至る悔い改めも、救いの恵みです。それによって罪人は、自分の罪をほんとうに自覚しキリストにある神のあわれみを理解して、自分の罪を嘆き憎みつつ、罪から神へと立ち帰り、新しい服従をはっきりと目指し努力するようになるのです。


 救いの恵みを受けるのに必要なことの中心は、キリストへの信仰と悔い改めの二つです(問85)。今回は悔い改めについてです。

悔い改めとは

(1) 「悔い改め」と訳される言葉は、旧約ヘブル語では「向きを変える」、新約ギリシャ語では「心を変える」という意味です。つまり悔い改めとは、罪赦された新しい心で、神に従うための新出発をすることです

(2) 新しい人生の出発である悔い改めには、二つの部分があります。
A. 自分の罪を嘆き憎む事。
B. 神に従う新しい決心をすること、です。
(3) 信仰と同様に悔い改めも、「救いの恵み」です。人生の新出発は自力ではできません。恵みの手段(御言葉と礼典と祈り)を用いつつ、悔い改めの心を神に願い求めるべきです。

(4) 悔い改めは一生涯のことです。恵みの手段を用いつつ、一生涯、日々、自分の罪に気付き、罪人の私を赦し愛して下さる神の愛に押し出されて、新しい決心で神に従うのです。漸進的聖化(問35)はこうして実現します。

悔い改めの前提


 悔い改めの前提は二つです。
(1) 罪の自覚: 幼子でさえ謝ることは嫌いです。人は、罪を認めず自己弁護をしがちです。悔い改めの恵みを受けるには、自己弁護を放棄して、遜って自分の罪を認めなければなりません。御言葉を鏡に誠実に自分を見詰めます。

(2) キリストにある神のあわれみの理解: 罪の自覚だけでは、新出発の力にはなりません。真の悔い改めのためには、神が主イエスによって、私の罪をゆるし、罪人の私をそのままで愛し受け入れておられる事を理解しなければなりません。私たちが自己弁護を放棄できるのも、この神のあわれみを信じるからです。また、私たちが自分の罪を認めながら新しい決心ができるのも、この神のあわれみに励まされるからなのです。
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