キリストへの時間 2023年8月27日(日)放送  キリストへの時間宛のメールはこちらのフォームから送信ください

坂尾連太郎(南与力町教会牧師)

坂尾連太郎(南与力町教会牧師)

メッセージ: 主による平和な世界の完成

【高知放送】
     

【南海放送】
     

 おはようございます。南与力町教会牧師の坂尾連太郎です。
 今月は、「平和」というテーマについて、共に御言葉から学んできました。本日がその最後になります。改めて、「平和」とは何でしょうか。旧約聖書が記されたヘブライ語で、「平和」とは、「シャローム」と言います。このシャロームという言葉には、広く豊かな意味があります。

 現在、日本キリスト改革派教会では、「平和の福音に生きる教会の宣言」を作成しています。その第二次草案の中で、「平和」について、次のように説明されています。「聖書が示す『平和』(シャローム)は、戦争や争いのない状態のみならず、何より神との霊的な関係における自由と幸福、肉体的健康や物質的充足、人間関係における調和や喜びをも意味します。それは、創り主なる神によって与えられた『極めて良い』世界に他なりません(創1:31)。」(日本キリスト改革派「平和宣言」第二次草案「1.神の平和と世界の平和」)

 このように、聖書における「平和」(シャローム)とは、単に戦争がない状態にとどまらず、何の不安や恐れもない満ち足りた状態、幸福な状態を指しています。旧約聖書のミカ書4章4節には、次のような御言葉があります。「人はそれぞれ自分のぶどうの木の下 いちじくの木の下に座り 脅かすものは何もないと 万軍の主の口が語られた。」 このように、「脅かすものは何もない」世界こそ、聖書が語る「平和」(シャローム)です。もちろんそこには、戦いや戦争がないことも含まれます。またそればかりか、戦うための「武器」そのものがなくなってしまう、そのような完全な平和です。

 そのように完全に平和な世界が「終わりの日」に実現することを、聖書は約束しています。ミカ書4章1節から3節をお読みいたします。「終わりの日に 主の神殿の山は、山々の頭として堅く立ち どの峰よりも高くそびえる。もろもろの民は大河のようにそこに向かい 多くの国々が来て言う。『主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主はわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう』と。主の教えはシオンから 御言葉はエルサレムから出る。主は多くの民の争いを裁き はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし 槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず もはや戦うことを学ばない。」

 私たちはまだ、このような武器のない平和な世界が実現するのを見ていません。核兵器という人類にとって脅威となる兵器さえ、なくすことができないのが現状です。国々はなお武器を造り続け、その武器によって戦っています。私たちが求める平和は、核兵器などの抑止力によって保たれる、危うい一時的な平和ではありません。むしろそれは、聖書が語る「平和」とは、異なるものです。聖書が示し、私たちが待ち望む「平和」とは、戦争や武器そのものがなくなり、私たちを脅かすものが何もなくなる、そのように完全に平和な世界です。

 しかし現実には、そのように完全な平和は、実現が困難なように思われます。確かに、人間の力や知恵によっては無理でしょう。しかし、聖書は、主御自身が「終わりの日に」それを実現してくださると、約束しているのです。平和の君である主イエス・キリストが再び来られるとき、主が、「多くの民の争いを裁き、はるか遠くまでも、強い国々を戒め」てくださいます。そして、主の御国が完成する日、武器のない完全に平和な世界が実現するのです。私たちは、そのことに希望を置き、祈りつつ、主が御言葉によって示される平和の道を歩んでいきたいと思います。

 最後に、先ほど紹介した「平和の福音に生きる教会の宣言」の最後に記された、祈りの言葉を一部引用し、共に心を合わせて祈りたいと思います。「平和の君である主イエス・キリストの父なる神よ、憎しみと争いの絶えない世にあって、あなたが御子によってもたらしてくださった平和の道を、わたしたちが生きて行くことができるように助けてください。わたしたちの罪をきよめ、あなたの平和の道具としてお用いください。…何よりも主ご自身が愛と正義と平和の御国を速やかに来たらせてくださいますように。主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。」(日本キリスト改革派「平和宣言」第二次草案「5.終末における平和の希望と祈り」)



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