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ミカ1-2章
「諸国の民よ皆聞け」


「ヤコブの家は呪われているのか。
主は気短な方だろうか。
これが主のなされる業だろうか」と言う。
(ミカ 2章7節)

 ミカ書は、「聞け」、という言葉から本文が始まり(1章2節)、その後、「聞け」が繰り返されて(3章1節、6章1節)文脈が構成されていきます。今回は、この文脈に従って3回に分けて教えられたいと思います。

 最初の「聞け」は、地上のすべての民に向けて、神の民であるはずの北イスラエルと南ユダの罪が告発されています。ミカは、北イスラエルと南ユダがアッシリアの脅威にさらされた時、悔い改めを促すために神に遣わされた預言者だからです。「災いだ、寝床の上で悪をたくらみ、悪事を謀る者は。夜明けとともに、彼らはそれを行う」(2章1節)。これが、ミカを通して明らかにされた両国の姿でした。しかし、彼らは、「ヤコブの家は呪われているのか。主は気短な方だろうか。これが主のなされる業だろうか」と、神が常に味方であると勘違いし、悔い改めなかったのです。神の愛ばかり強調して、神の御心ではなく、自分たちの都合を優先する、それが堕落した神の民の姿でした。

 しかし、これは私たちとも無関係ではありません。私たちもまた、神の御心ではなくて、自分たちの都合を優先してしまうからです。

 私たちは、きょう、十字架上で神の怒りすべてを引き受けられた主イエスを仰いでいるでしょうか。

 

 【祈り】

 御言葉を自分の都合に合わせてしまうわたしを憐れんでください。

新井 主一(高島平キリスト教会)

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