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イザヤ44章
「大きな犠牲をいとわずに」


わたしはあなたの背きを雲のように
罪を霧のように吹き払った。
わたしに立ち帰れ、わたしはあなたを贖った。
(イザヤ 44章22節)

 明らかにイスラエルは罪を犯しました。空しい偶像を造り、それに頼ることさえしました。神に創られた人間は神を求めます。しかし、神を正しくあがめることができず、神ならぬ物を作ってしまいます。

 イスラエルに限らず、誰もが罪を持っています。しかし、神は罪を雲や霧のように吹き払うと言われます。これは比喩的な表現であり、罪を吹き払うようなことは、神には造作も無いということでしょう。しかし、果たして本当にそうでしょうか。

 神にできないことはありません。とは言え、罪を取り除くことはあたかも物を右から左へ動かすようなことでしょうか。私たちの罪のために、キリストの命が献げられました。罪の赦しの御業を軽々しく考えることはできません。

 私たちの罪を、何か取るに足りない物のように考えてはなりません。神は私たちの罪を贖うためには、いかなる犠牲も惜しまれないのです。赦しのためには、キリストの命が差し出されなければならないほどです。

 立ち帰る人が起こされるために支払われた犠牲は、神には惜しくないことでした。神の大いなる犠牲に見合うものと、私たちが思われています。神の目には、私たちが尊い者と映っています。

 

 【祈り】

 神よ、このわたしを尊い者と見てくださることを感謝します。わたしにも主をほめたたえさせてください。

後登 雅博(高蔵寺教会)

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