キリストへの時間 2021年10月3日(日)放送

大宮季三(芸陽教会牧師)

大宮季三(芸陽教会牧師)

メッセージ: 皿鉢料理とコース料理 ♪「『希望があるから』歌:ノア」

【高知放送】
     

【南海放送】
     

 おはようございます。10月のキリストへの時間を担当する、高知県、芸陽教会の大宮季三です。
 さて、新型コロナウイルスの影響でご無沙汰しているものがいくつかありますが、その一つが高知県の郷土料理「皿鉢料理(さわちりょうり)」です。高知県にお住まいの方には説明するまでもありませんが、皿鉢料理とは大きなお皿に新鮮な刺身や寿司、煮物、焼き物、揚げ物、旬の野菜、果物、羊羹などが山盛りに積まれた料理のことです。せっかちで料理を待ちきれず、焼肉の食べ放題でも途中でシャーベットを頼みたくなる、そんな私にぴったりなのが皿鉢料理です。

 私は皿鉢料理が好きなのですが、聖書はイエス・キリストを信じることによって与えられる神の国、永遠の命とは、皿鉢料理のようではなくコース料理のようなものだと例えることができます。コース料理は皿鉢料理とは真逆です。皿鉢料理は、座った時にはデザートを含めてすべてが出揃っていて、好きな物から好きなように食べることができますが、コース料理は、テーブルに着いたときには食器類しかなく、料理は順番に一品ずつ出てきます。

 イエス・キリストを信じると神の国に永遠に生きる命が与えられるのですが、それはいきなりすべてが完全に現れるという仕方ではありません。洗礼を受けた瞬間に変身して姿形が変わるわけでも、後光が差すわけでも、いきなりこの地上からワープして別のところで生活をするわけでもありません。反対に言いますと、まだ、神の国も永遠の命も、はっきりとは見えないのですが、神の国と永遠の命をもうすでに与えられたものとして生きることができる、それがキリストを信じる者に与えられた生き方です。たとえ命を脅かすようなどんな苦しみや悲しみであっても、神の国と永遠の命に希望を置くことによって「いつも喜んで」生きることができる、そういう生き方が与えられます。

 それは甲子園出場を決めた高校球児の姿に似ているところがあります。彼らはまだ甲子園に足を踏み入れていないのに「甲子園だ!」と喜びます。彼らは甲子園でプレーすることを思い描きながら、喜んでその日を待ちわびます。なぜ彼らの喜びが揺るがないのかというと、喜びの根拠があるからです。それぞれの都道府県の決勝戦で勝利したことが、彼らの喜びの根拠です。同じように、キリスト者も喜びの根拠が与えられています。それがキリストの勝利です。

 イエス・キリストは約2000年前に十字架につけられ処刑されました。ですが、イエス・キリストは墓の中から起き上がられました。人類が誰も打ち勝つことのできなかった死に対して、勝利をおさめられました。このイエス・キリストの勝利こそが、キリスト者の揺るぎない喜びの根拠です。イエス・キリストが死に対して勝利されたから、だから、イエス・キリストを信じる者も死に勝利して、神の国に永遠に生きることが約束されています。

 キリスト者になれば、苦しみや悲しみに遭遇しないわけではありません。ですがキリスト者とは、どんな苦しみや悲しみがあっても、神の国と永遠の命を見上げて喜ぶことができる存在です。イエス・キリストは神の国に永遠に生きる命を約束されただけでなく、そこに至るこの地上での生涯においても「いつも共にいる」とおっしゃってくださいます。神の国とは神様が完全に共に歩んでくださるところですが、もうすでに、この地上でその神の国の前味を味わいながら歩む命を与えられています。

 コース料理で、メイン料理を待ちわびながら前菜を食べるように、神の国と永遠の命の完全な現れを待ちわびながら、その前味を味わって生きる。それがキリストを救い主として信じる者に与えられる喜びの命です。



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