聖書を開こう 2021年7月22日(木)放送

山下 正雄(ラジオ牧師)

山下 正雄(ラジオ牧師)

メッセージ:  新たな王命の公布(エステル8:9-17)



 ご機嫌いかがですか。日本キリスト改革派教会がお送りする「聖書を開こう」の時間です。今週もご一緒に聖書のみことばを味わいましょう。この時間は、日本キリスト改革派教会牧師の山下正雄が担当いたします。どうぞよろしくお願いします。

 聖書には「目には目、歯には歯」という掟があります。目をやられたたら、相手の目を同じように傷つけてもよい、歯を傷つけられたら、同じように相手の歯に報復してもよい。命を奪われたら命をもって償うことを求めてよい。ただし、それを超える報復をしてはならない、という掟です。こういう掟のことを「同害報復法」と呼んで、報復の権利と制限を定めています。

 きょう登場する新たな勅令を理解するためには、この「同害報復」の考え方が広く社会で認められていた世界での出来事であったという認識が大切です。わたしたちの目から見れば、残虐のように思える勅令かもしれませんが、こうした背景を頭の片隅に置きながら、読み進めていきたいと思います。

 それでは早速きょうの聖書の個所をお読みしましょう。きょうの聖書の個所は旧約聖書 エステル記 8章9節〜17節までです。新共同訳聖書でお読みいたします。

 そのころ、第3の月のこと、すなわちシワンの月の23日に、王の書記官が召集され、インドからクシュに至るまで、127州にいるユダヤ人と総督、地方長官、諸州の高官たちに対してモルデカイが命ずるがままに文書が作成された。それは各州ごとにその州の文字で、各民族ごとにその民族の言語で、ユダヤ人にはユダヤ文字とその言語で、クセルクセス王の名によって書き記され、王の指輪で印を押してあった。その文書は王家の飼育所で育てられた御用馬の早馬に乗った急使によって各地に届けられた。こうして王の命令によって、どの町のユダヤ人にも自分たちの命を守るために集合し、自分たちを迫害する民族や州の軍隊を女や子供に至るまで一人残らず滅ぼし、殺し、絶滅させ、その持ち物を奪い取ることが許された。これはクセルクセス王の国中どこにおいても1日だけ、第12の月、すなわちアダルの月の13日と定められた。この文書の写しはどの州でもすべての民族に国の定めとして公示され、ユダヤ人は敵に復讐するためその日に備えるようになった。御用馬の早馬に乗った急使は王の命令によって直ちに急いで出立し、要塞の町スサでもこの定めが言い渡された。モルデカイが紫と白の王服に、大きな黄金の冠と白と赤の上着を着け、王の前から退出してくると、スサの都は歓声に包まれた。それはユダヤ人にとって輝かしく、祝うべきこと、喜ばしく、誉れあることであった。王の命令とその定めが届くと、州という州、町という町で、ユダヤ人は喜び祝い、宴会を開いて楽しくその日を過ごした。その地の民族にもユダヤ人になろうとする者が多く出た。ユダヤ人に対する恐れに襲われたからである。

 前回の学びでは、信頼を得たモルデカイと王妃エステルに、王は今後の処理をすべて任せるようになったところまでを学びました。かつてハマンが王の名によってユダヤ人根絶の命令を出してから、3ヶ月目のことです。新たな勅令がモルデカイの手によって起草され、王の印鑑をもって証印されることとなりました。

 前回にも触れましたが、ペルシアでは王の名によって一度公布された法律は取り消すことができない、という定めがありました。こうした原則は法の安定性を担保するためには必要なことでした。王が気まぐれで前言を撤回して、次々に行き当たりばったりの命令を出さないためにそれは必要なことでした。

 ところが、今まさにその原則の杓子定規な適用によって、絶滅させられるかもしれない自分たちの民族のために知恵をもって対処しなければならないモルデカイでした。モルデカイはどんな新たな勅令によってこれに対抗しようとしたのでしょうか。

 この勅令は丁寧に読む必要があります。どの町のユダヤ人にも許されたことはこうでした。

 第一に、集まって団結することです。個人で立ち向かうのではなく、集団で立ち向かうことが許されたということです。

 第二に、命を守るために立ち上がることでした。たとえハマンが出した勅令が有効であったとしても、自分たちの命を守るために立ち上がることことまで禁止になったわけではありません。自分の命を守ること、そのことは当然に許されることとして明記されています。

 第三に、滅ぼし、殺戮し、絶滅させることです。この部分はこの勅令の中でもっとも残虐な部分です。しかし、このことが認められるのは、自分たちの命を守るということが前提にあることは言うまでもありません。絶滅させられそうになっても無抵抗であるべきだ、というのではなく、抵抗し反撃することを許した内容です。

 ですから、第四に、反撃を加えてもよい相手には制限があります。反撃を加えてもよい相手は、自分たちを迫害する民族や州の軍隊に限ります。この場合の迫害というのは、先行するハマンの出した勅令がありますから、ユダヤ人の根絶が目的の迫害です。

 こうした反撃を許す背景には、同害報復の掟があったことは言うまでもありません。もちろん、宗教的に同害報復の考えが許されるのか、というのは別の問題です。少なくともイエス・キリストは同害報復の原理を否定され、敵を愛し、自分を迫害する者のために祈れと命じておられます(マタイ5:44)。モルデカイが書いた勅令は信仰者の立場から考えてどうなのか、という問題は残るかもしれません。しかし、国の政治を任されたモルデカイには、命の侵害に対して、その命を守るための行動を禁じることはできなかったでしょう。

 ところで、ここで翻訳の問題があります。反撃を加えてもよい相手は「女や子供に至るまで」含むのでしょうか。新共同訳聖書の翻訳はそれを肯定しているように読めてしまいます。しかし、そうではなく、ここの個所はこう訳すべきです。

 「女や子供に至るまで自分たちを迫害する民族や州の軍隊を一人残らず滅ぼし、殺し、絶滅させ、その持ち物を奪い取ることが許された。」

 つまり、自分たちの集団に属する女性や子供たちを含めて、自分たちを絶滅しようと迫害する相手が対象だ、ということです。

 最後に、持ち物を奪い取ることも許されました。もちろん、ここで許されているのは、機会に乗じた略奪行為ではありません。奪い取ってよいのは自分たちを迫害し絶滅させようとする者たちの持ち物です。戦乱では命が失われるだけではなく、持ち物までも破壊されてしまうことがあります。その損害に対して、相手の持ち物をもって償わせてもよい、という意味でしょう。

 あとでも明らかになりますが、実際には持ち物には手をつけなかったとわざわざ記されています(エステル9:10, 15, 16)

 このような勅令に対して、現代的な視点からは様々な批判もあるでしょう。しかし、無差別な反撃や略奪に歯止めをかけながら、1日という制約の中で、民族の自衛の権利を守ろうとしたという点では、理にかなった勅令であったといえるでしょう。

 さて、この勅令の発布を受けて、ユダヤ人たちが大いに喜んだことはいうまでもありません。ハマンが勅令をだしたとき、ユダヤ人たちの間に大きな嘆きが起こったのとは大違いです。違いはそれだけではありません。ハマンがユダヤ人根絶の勅令を出したとき、ユダヤ人たちは誰一人としてユダヤ人をやめようとはしませんでした。しかし、今度のモルデカイの勅令が出た時には、ユダヤ人になろうとした者たちが多く現れたということです。神のなさることは、私たちの思いを超えています。ただ、確かに言えることは、神を愛する者たちには、万事が益となるように共に働くということです(ローマ8:28)。

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