キリストへの時間 2024年5月12日(日)放送

山下正雄(ラジオ牧師)

山下正雄(ラジオ牧師)

メッセージ: 母の日

【高知放送】
     

【南海放送】
     

 おはようございます。ラジオ牧師の山下正雄です。
 
 5月の第二日曜日を「母の日」と定めて、それぞれ母親に感謝し、自分の母親のことを思う日とする運動は、アメリカのキリスト教会から起こった運動でした。1905年5月9日、アンナ・ジャービスは母親を亡くしましたが、その母を追悼するために、1907年に、教会で母親が好きだった白いカーネーションを配ったのが始まりでした。その話が広まり、1914年、当時のアメリカ大統領が、アンナの母親が亡くなった5月の第二日曜日を「母の日」として定めました。

 日本にその習慣が入ってきたのは、第二次世界大戦後と言われていますが、起源が異なる「母の日」は、それまでにも日本にもあったそうです。母親を大切に思う気持ちは、国や宗教を問わず、世界の人々の間にある共通の思いであると思います。そうでなければ、「母の日」が、世界の国々で定着することはなかっただろうと思います。

 これは我が家だけのことかもしれませんが、こんなエピソードがあります。我が家の子どもたちが小さかったころ、父親であるわたし一人しかいない留守宅に、学校から帰ってきた子どもたちは、必ずと言っていいほど、「あれ、きょうは誰もいないの?」とわたしに尋ねました。わたしがいるのに「誰もいないの?」は、随分失礼な話ですが、子どもたちにとっては、わたしの存在はそれぐらいのものだったのでしょうか。

 この「誰もいないの?」の質問の本当の意味は、「お母さんはどうしたの?」というのと同じ意味でした。子どもにとっては、父親がどうこうというよりも、母親の存在が絶大だったということでしょう。その理由も、わたしにはよくわかります。父親の愛情とは違って、細やかで深い愛情を母親は持っています。
 
 これもテレビで知ったネタですが、男性は色の変化に疎いのに対して、女性はすぐに気が付くそうです。例えば、部屋のカーテンの色が変わっていても、それに気が付く男性は少なく、女性はその違いにすぐに気がつきます。その理由は、自分の子どもの変化にいち早く気がつき、病から健康を守るためだと言われています。そのような能力を与えられた女性に、男性である父親は敵うはずもなく、また、そのような能力を与えてくださっている神様に感謝する思いです。
 
 聖書の中に出てくる話で、「ソロモンの裁判」という有名な話があります(列王上3:16-27参照)。これは、16世紀にキリスト教が日本に伝来したとき、演劇の題目の一つとして教会の中で演じられ、後に「大岡裁判」の話として広まるようになりました。

 その話は、一人の子どもを巡って二人の母親が言い争う話です。どちらも、自分こそが本当の母親だと主張して譲りません。ソロモン王は、「子どもを剣で半分に切り裂いて、公平に分けよ」と命じます。そのとき、一人の母親は、涙ながらに「自分の手元に子どもがいなくなっても、どうか生きたまま相手に子どを渡してほしい」と願います。それを聞いたソロモン王は、この人こそ本当の母親だと判決を下しました。
 
 この話はソロモン王の知恵を伝えるエピソードですが、そのエピソードの中にも、母の愛の偉大さが物語られています。母の日の今日、神様が与えてくださった、それぞれの母親に思いを寄せて、時を過ごしましょう。



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