預言者イザヤの痛み | イザヤ書 21章

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イザヤ書 21章

厳しい幻が、わたしに示された。…
それゆえ、わたしの腰は激しくもだえ
産婦の痛みのような痛みにとらえられた。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 イザヤ書 21章2節~3節

預言者イザヤの痛み

主は預言者イザヤに、バビロンについての恐ろしい一つの幻を示されました。その幻はイザヤの目には、バビロンを襲ういくつかの破滅的な出来事が重なり合うように見えていたのではないかとわたしは思います。だとしたら、それは現実に見る光景よりもさらに強烈な映像だったかもしれません。イザヤはこの幻を見て、あたかも自分自身に襲いかかる恐ろしい出来事を予示されたかのように、「腰は激しくもだえ」「産婦の痛みのような痛みにとらえられ」「心は乱れ」「打ちのめ」されたのでした。

他者の滅びに自分を同一化させて、ここまで激情的に熱く深く心を揺さぶられてしまうことは、ごく普通の人の精神(メンタル)には耐えがたい負担かもしれません。このイザヤの痛みは、「災いだ。わたしは滅ぼされる」(6章4節)という、あの一連の特別な召命体験を伴って、特別な働きに召されたことに由来するものと考えられます。誰もがイザヤのようになることが求められているのではありません。

この預言者の痛みは、滅びに向かう私たちへの「憐れみに胸を焼かれ」た(ホセ11章8節)御父の痛みを暗示しています。さらには、時至って私たちの救いのためにご自身をお与えくださることになる御子の痛みを暗示するものでもありました。

【祈り】

一人も滅びることを喜ばれない御心を、わたしにも悟らせてください。

石本 耕一(四国中会)