高慢を裁かれる神 | エゼキエル書 28章

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エゼキエル書 28章

「お前は自分を殺す者の前でもなお、『わたしは神だ』と言い張るのか。お前は人であって、神ではなく、切り倒す者の手にある。」エゼキエル書 28章9節

高慢を裁かれる神

ここには「わたしは神だ」(2節)と高ぶる都市国家ティルスの君主への裁きの言葉が語られています(1~19節)。ティルスは世俗的な知恵によって繁栄を築き、富を増し加えていきました。しかしその過程において不正が行われ、不法がみちるようになり、やがては「わたしは神だ」と言うほどおごり高ぶるようになってしまうのです。

そのようなティルスの高慢を神は「最も暴虐な外国人」(7節)であるバビロン軍によって滅ぼされます。その時、自らを神とする彼の思いは幻想に過ぎないということが明らかになるのです。

人間が神のようになろうとする罪への誘惑は、アダムとエバの時代から常にありますが、神は必ずその罪を裁かれます。私たちはこのことを覚えて、私たちの国の、そして世界の為政者たちが、自らの利益のみを考えて平気で不正を行い、人の命を軽んじ、その内心にまで踏み込み支配しようとするような罪を犯さぬように、諦めずに祈りたいと思います。そして真の神のみを神とする者に与えられる祝福を豊かに味わい、喜んで証しできる者でありたいと願います。