神の時を待ちながら祈りつづける | 創世記 25章

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創世記 25章

イサクは、妻に子供ができなかったので、妻のために主に祈った。その祈りは主に聞き入れられ、妻リベカは身ごもった。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 創世記 25章21節

神の時を待ちながら祈りつづける

結婚したイサクでしたが、なかなか子どもが与えられませんでした。そのため、イサクは妻のために主に祈りました。その祈りは聞き入れられ、妻は身ごもりました。

26節には、リベカが子を産んだとき、イサクは60歳であったと書かれています。40歳でリベカと結婚したイサクに、60歳になって初めて子どもが与えられたのです。子どもが与えられるように祈りはじめてから、この祈りが聞き入れられ、実現するまでに、どれほどの年月がかかったでしょうか。

私たちも、日々さまざまなことを祈ります。中には、ずっと祈りつづけていることもあります。しかし、祈ることを止めてしまったことも一度ならずあるのではないでしょうか。聞き入れられ、実現するまで、期限を考えずに祈りつづけることは、容易ではありません。

私たちは性急に祈りの結果を求めることがあります。しかし、神は、神のタイミングで祈りに応えてくださいます。その時は何十年後かもしれないし、祈り終わる前かもしれません。いずれにしても、神はすべてをご存じの上で、最もふさわしい時に、答えを与えてくださいます。そのことを信じて祈りつづけるのが、私たちにふさわしいのです。

【祈り】

わたしが神の時を待ちながら祈りつづけることができるようにならせてください。

尾崎 純(東仙台教会)