神の憐れみによって導かれる | 創世記 43章

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創世記 43章

「どうか、全能の神がその人の前でお前たちに憐れみを施し、もう一人の兄弟と、このベニヤミンを返してくださいますように。…」日本聖書協会『聖書 新共同訳』 創世記 43章14節

神の憐れみによって導かれる

行かせるべきか、止めるべきか、ヤコブは深く悩んでいました。飢饉は続き、以前手に入れた食糧は尽きかけています。何とかしなくてはらないのは目に見えていました。

もし息子たちをエジプトに買い出しに行かせたなら、どうなるか。エジプトの高官の厳しい命令がありました。ベニヤミンを連れて行かなければ、人質として取られたシメオンに危険が及びます。連れて行けば、ベニヤミンがどうなるか分かりません。

ヤコブには、かつて愛する息子ヨセフを失ったという苦い記憶が深く胸の奥にうずいていました。これ以上の悲しみには耐えられない。そのように悩むヤコブにユダが説得を試みます。「我々も、あなたも、子供たちも死なずに生き延びることができます」(8節)。「あの子のことはわたしが保障します。…もしも…無事な姿をお目にかけられないようなことにでもなれば…生涯その罪を負い続けます」(9節)。ヤコブはユダの言葉を無視できませんでした。

そこでヤコブは、犠牲覚悟で兄弟たちを送り出すことを決意します。しかし、その決断の真ん中には、全能の神の憐れみへの信頼がありました。

彼は祈りと共に皆を送り出し、その祈りが神に聞かれ、やがてヨセフの心の仮面を溶かしていくのです。

【祈り】

父なる神よ。あなたは憐れみの神です。そして確かに求めるものに憐れみの御手を置いてくださいます。

杉山 昌樹(上福岡教会)