祈りを疎かにした結果おかす過ち | イザヤ書 39章

RCJメディアミニストリー「ふくいんのなみ」のトップページへ戻る

イザヤ書 39章

「王宮にあるもの、あなたの先祖が今日まで蓄えてきたものが、ことごとくバビロンに運び去られ、何も残らなくなる日が来る、と主は言われる。」日本聖書協会『聖書 新共同訳』 イザヤ書 39章6節

祈りを疎かにした結果おかす過ち

アッシリアの包囲を受けていたユダのヒゼキヤ王にとって、アッシリアに対抗し得るバビロンの王からの見舞いは、とても心強いことでした。バビロンの王の使者から手紙と贈り物を受け取ったとき、ヒゼキヤ王は宝物庫、武器庫、倉庫にある一切のものを使者に見せてしまいました。これは、ユダ王国中の機密情報を含むすべてを開示したのと等しいことです。ヒゼキヤ王がすべてを開示したのは、バビロンとの同盟関係構築を期待したからでありましょう。

しかし、イザヤの預言によれば、ヒゼキヤ王が使者たちに見せた「先祖が今日まで蓄えてきた」長年の遺産は、バビロンへ運び去られます。それはユダとバビロンの対等な同盟関係でなく、バビロンによるユダ支配を意味します。この預言はのちに、バビロン捕囚として現実になってしまいます。預言が指摘したのは、ヒゼキヤ王の過ちです。祈りをもって神に問うことなく軍事同盟への期待に飛びついてしまったヒゼキヤ王の判断が、過ちだったのです。

目の前に千載一遇のチャンスが現れると、私たちは往々にして欲に目が眩みます。しかし、安易に飛びつく前に、それが主の御心に適うか、祈りつつ吟味しましょう。すべてを支配し主の民を導かれる主を信頼し、導きが与えられるのを待ちましょう。

【祈り】

チャンスに飛びつかず、祈りつつ導きを待つ忍耐力を与えてください。

伊藤 築志(田無教会)