ただひとり高く上げられる主 | イザヤ書 2章

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イザヤ書 2章

その日には、誇る者は卑しめられ
傲慢な者は低くされ
主はただひとり、高く上げられる。日本聖書協会『聖書 新共同訳』 イザヤ書 2章17節

ただひとり高く上げられる主

イザヤは、終末の出来事の二つの側面について預言します。一つは平和です。「その日」には、世界中の関心がエルサレムに集められ、人々は主の言葉を聴きます。それは、すべての争いは主によって止み、まったくの平和が訪れるというものでした。当時アッシリアの圧政に苦しみ、迫り来る武力に怯えていたユダの人々にとって、この預言はどれほど希望を与えるものであったでしょうか。

しかし、ユダの民はこの預言を聴こうとはせず、むしろ占いや魔術に心奪われます。また主なる神に頼るのではなく、お金や軍馬という経済力や軍事力によって国を守ろうとします。さらに神への信仰に心を注ぐのではなく、虚しい偶像で心を満たそうとしました。そのような彼らに、イザヤはもう一つの裁きを告げます。主はヤコブを捨てられた、その時、地上の高ぶる者は低くされ、傲慢な者は卑しめられ、偶像はことごとく破壊される、そして、「主はただひとり、高く上げられる」と。

人の目には力あるように思える人も財力も武力も、主なる神の御前にはただ滅びさるものです。頼ることができるのはただ主、おひとりです。きょうも自らの力を捨て神の言葉を求めて集まる者にこそ、まことの平和があるのです。

【祈り】

ただひとり高く上げられる主よ、あなたのみを慕い、御言葉によって希望と平和を固くしてください。

草野 誠(湖北台教会)